バレンタインデー

　どうやら俺には物体に込められた感情を読み取る力があるらしい。ただそれは特定の物質を特定の日に、特定の体の器官に触れることで初めて発動する能力だったらしい。気づいた時には遅すぎた。人生ただ一度のモテ期に異性から本命チョコをもらった時が最期、口にした瞬間、カカオ農園で働かされた子供たちの苦痛、工場で割れたチョコを集めて袋詰めする工員の呪詛、ドロドロに溶けた固めた妄想と性欲のいい塩梅のマリアージュ、グローバル資本主義によって加速する搾取と欲望の構造が俺の口中で爆発して脳髄ごと頭部がバラバラに砕け散り俺は死んだ。悲しかった。無念だった。そんな俺の無念を晴らすことができるのは無のチョコレートだけだ。無によって作られた、何も感じないチョコレートだけだ。だからこうして幽霊になった今も、ぐちゃぐちゃの頭についたぐちゃぐちゃの口を開けて、ただ、虚空から偶然生まれたチョコレートをじっと待っているのだ。