ニラレバの朝

僕がバイトをしている有明のドライブインシアター「ニラレバの夜話」にはキリンがやってくる。キリンは他の車と同じように駐車スペースに収まって静かに映画を観ているものだから飾りと思われがちなのだけど、ときにはその存在に気がつくお客さんがいて、そんなとき僕は「生の本キリンですよ」と豊洲に入荷したマグロや発泡酒のような説明をした。キリンの背や脇腹にはだいたい俳優の西島さんがいて、西島さんはこのシアターのサブスク会員だから同行するキリンも出入りが自由で、キリンだけが映画を観ていることもある。
僕はふたりの佇まいが好きで、ふたりが揃う日を狙ってはシフトを組んでもらっている。多くの車が帰り、朝焼けのスクリーンの前でもたれあって眠るふたりを見ていると時間給の全てを投げ銭したくなる。
「おならが臭いからってなんだ」
あるとき西島さんが放った言葉だ。そのときキリンは泣いていた。僕はその美しい横顔を忘れられない。