無機質な狂気

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彼は、おもむろに立ち上がった。
誰に何を言われるわけもなく、ただ、立ち上がった。
6畳ひとまのアパートの一室。
1週間前に無職になったその男は、洗面所で顔を洗い、髭を剃り、髪を整え、スーツに着替え、外に出た。
真夏の炎天下の正午に、かしこまったスーツは酷く蒸し暑く、彼の額は、まるで滝のように汗が吹き出している。
しかし、彼はそんな事を気にする素振りもなく、一心不乱に歩き続ける。
向かった先は彼の家の最寄り駅。
そこには、無心で修行する僧侶が。
作られた笑顔で募金を募る女性が。
時間に追われて改札に駆け込むサラリーマンが。
出来もしない約束を真剣に掲げる選挙候補者が居た。
男は、その光景全てが、何かのシステムかのように無機質なものに見えた。
少し前まで自分もこのプログラムの中に居たのか。
なんと滑稽で残酷な世界か。

彼の独りよがりな孤独感と絶望が、ポケットに忍ばせたナイフを手に取らせた。
ホラー
公開:22/02/01 23:31
更新:22/02/02 07:08

七尾瞬

初めまして。七尾瞬と申します。
小説を読むのも書くのも好きで、今回、ショートショートに挑戦したいと思い、登録しました!
400字という限られた文字数の中でどれだけ表現出来るか不安もありますが、頑張りますので宜しくお願いします!

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