退職の午後

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「次は北浜、皆同じね、北浜」
不意に胸に刺さった車掌の言葉に僕は詩作の手を止めた。北浜と告げた男の陽気な声には独特の抑揚があって日本語を母国語としない南の人の笑顔を思ったし、皆同じと呟いた女の声には僕を責める鋭さと諦めがあって収監中の姉を思った。
車掌がふたりでアナウンスすることなんてあるのかな。僕は自分の耳を疑って座席の上に並び立っている黒いマントの少年たちを見たけれど、誰も今のアナウンスに不思議を感じなかったのか、本を片手に牛乳を飲んでいる。その均一性にウィーンあたりの合唱団を連想していたら電車は動物園前駅に到着していて、彼らはホームに降りて動物の着ぐるみに着替えはじめている。
僕は流れる車窓を追うように見つめた。向かいのホームでは黒い帽子の少女たちが着替えている。ふたつのホームにはひとりとして同じ動物はいない。僕はそのことがうれしくて緊急停止ボタンを押した。僕も何かに着替えるために。
公開:22/01/31 16:25
更新:22/01/31 16:27

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