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日差しが強くなってきた初夏の朝、父はまばゆいばかりの黄金色に輝く小麦畑を眺めていた。品種改良した小麦の収穫時期が迫っていた。
昨年の秋涼の頃、娘と一緒にこの小麦の種蒔きをした記憶が蘇って来た。
「父さん、この小麦を使えばグルテンアレルギーで美味しパンを食べられない人達も食べられるようになるね。」
「そうだな。」
「早く、みんなに焼きたてのパン食べて欲しいな。」
「収穫は来年の秋だよ。まだ、種蒔きしただけだよ。慌てるなよ。」

しかし、収穫をあれほど待ち詫びていた娘はこの世にはいない。
この小麦に名前を付けぬまま。

(喜ぶ顔が見たかった。)
左から頬に風を感じた。すると、何か音が聞こえるのを感じた。
パンがこんがり焼き上がる音。
焼きたてのパンをかじる音。
黄金色に輝く娘が育てた小麦たちが風に揺られて音を奏でていた。
「小麦の名前、“音麦”にするよ。いいよな。」
父は空に向かって呟いた。
ファンタジー
公開:22/01/31 14:35

ひまわり広場( 神奈川県川崎市 )

産婦人科専門医/指導医
@sanadakuma
tama-himawari3w.com
身体は日々の食事で出来ている。
妊婦さんにも食事の重要性について情報提供しています。
ダイエット中の方々にも食事・睡眠・運動の重要性について情報発信しています。
自身が「愛着障害」であることに気付き、もう一人の自分と上手に共生しています。
自分が、自分の『安全基地』になることが生きていくための拠り所なのかもしれない。
科学的な視点からの表現も交えて、ショートショートストーリーを作っています。

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