鼻鯖のこと

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しかしまぁよく命を狙われる日だ。ベランダでバーン。玄関先でドカーン。飼っている鼻鯖の散歩中にも銃撃はある。銃弾や砲弾は至る所に転がっていて、そのひとつひとつを食べてくれる鼻鯖が愛らしい。僕が罠穴に落ちて半年ほど帰れなかったときも穴の淵に立っていた鼻鯖。鼻鯖は平安時代に作られた長芋如来立像で、金箔が落ちて黒ずんだ芋肌には月夜の海原みたいな穏やかな艶がある。鼻には鯖の背のような模様が薄く残っていてだからその名を鼻鯖という。両親を戦争の底引き網で失ってから僕は伸子ばあちゃんに育てられた。野良の長芋仏だった鼻鯖はその頃から家の裏庭で銃弾を食べていた。
かなしいときは洗濯をなさい。泣きたくなったら窓を拭くの。心は体を動かすことで救われる。瞬きでできる掃除があるのよ。
今日も命を狙われながら伸子ばあちゃんの言葉が僕の優しさを育ててくれる。命の中には優しさがある。優しさが欲しくて人は人を撃つのだろう。
公開:22/01/27 13:07
更新:22/01/27 13:10

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