ムーンウォーク

「大事な手段？」　

「そうだよ、君はこれから大変な世界に生まれることになる。優しい人より、意地悪な人の方が多い。痛いことも多い。
これは、がんばっても、がんばってもどうしようもない時にだけ選べる手段なんだ。まぁ、君が覚えていたらの話だが」

この男性は何て優しい顔で微笑むんだろう。
真っ白い光に包まれて何も見えなくなる。



職場でのいじめ、大切な人との離別、自身の病気。
努力してきたけどどうにもできなかった。

真っ暗闇な部屋の中で摩耗しきったあの白い記憶が思い浮かぶ。

「あの男の人が言ってた"時"って今なのかもしれない」

あらゆる手段を使ってもがいても問題を打開することができなかった人間だけが選べる悲しいけど崇高な手段。

「そっか」
　私はそのとき空中への滑走を選択したのだ。