鰻を食べる日

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「茶森鶴丸って覚えてる?」
知らぬ間に母親になっていた妹が私の前髪に触れながらそう言う。目の前には鰻重がある。妹によるとこの鰻屋は、母と三人で父との決別を決めた場所らしいのだがなぜか記憶にない。でも茶森鶴丸のことなら覚えている。娘の父親だ。私と娘を捨てたその名は今も肝臓あたりに刻印が残る。
「夕凪の父親なの」
「夕凪って」
「私の娘」
鰻重が急速に冷めていくのを感じる。それはつまり私と私の娘を捨てた男が今は妹の相手で、ふたりの間には女の子がいるということか。
「一緒に育てない?」
何を言ってるのだろう。
「あいつ出てったの。凪と夕凪は姉妹みたいなもんじゃん」
違う。
「楽しいよきっと」
そんなわけがない。
茶森鶴丸。もっとありきたりな名前ならきっと忘れてやったのに。
「じゃが芋と里芋みたいなもんじゃん」
妹は私の前髪に触れながら馬鹿げた説得を続け、隣で母は鰻重を食べ終えてしーはーしている。
公開:22/01/19 20:45

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