時計と記憶

１０年使い続けた腕時計が突如左回りに動き始めた。
何これ？壊れるにしても異常だ？急いで時計屋に相談する。
「この時計。反抗期ですね」
反抗期？
「はい。この子、時計に飽きちゃっています」
そんな！どうすればいいんですか？
「暫く放っておきましょう。長くて１年もすれば元に戻りますよ。先週、１ヶ月で元に戻った時計もいましたからね」
時計屋の軽口に『そんな事があるものなんだ…』と納得する。

私の腕時計は３ヶ月で元に戻った。反抗期も抜け、以降は規則正しく動いてくれている。
だが、そんな時計を６０年使い続けた頃、また左回りを始めた。
「非常に申し上げにくいのですが、この時計…認知症です」
時計屋の言葉に私は衝撃を受けた。
「どうします？ウチの施設で最後の時まで預かりましょうか？」
首を横に振った私は時計を持ち帰る。
今までお世話になった記憶しかないんだ。これからは私にお世話させておくれ。