マーガレット

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長い髪の女が裏庭に咲くマーガレットの花を一枚一枚ちぎっているのが見える。すでに私の目は色を感じなくてマーガレットの鮮やかな白や空の青、風に揺れる炎のような木々の緑は脳裏にある記憶の色を再現しているにすぎない。長い髪の女は見知らぬ存在だから色はなく女だけがモノクロームの風景。バスローブを羽織ったその女は胸元にちぎった花を一枚一枚詰めこんでときおり屋敷の中の私を見つめる素振りをみせるが顔はなく、本来なら顔が配置されている肌にも長い髪が垂れていて、空に伸ばした手がアンテナのようにこちらの気配を窺っている。
私は裏庭に面した浴室のガラス瓶の中にいて、女が花をちぎるたびにシャワーヘッドから噴霧される香りに五感を解かれ、視覚聴覚嗅覚味覚が頭部を離れ末端の手に水のように流れる。やがて裏庭に放たれた私はマーガレットをちぎりはじめる。手が花の香りと女の不在を感じ、屋敷の中からは新しい気配がこちらを見ている。
公開:21/09/12 16:23

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