名辞眼鏡

眼鏡店で新しい眼鏡を勧められた。
「スマートグラス？」
「もっとすごいです。これをかけると人の名前が表示されます」
眼鏡をかけて見ると店長の胸に「熊沢敏彦」と名札のように表示される。
「人の名を忘れたときにいい」
「物や建物の名前も出します」
「眼鏡をかけると名前ばかり出てくる？」
「ユーザーの物忘れに応じて名辞モードを自動調節します」
眼鏡を買って街を歩いた。通りをゆく人々の顔を見ると名前が出る。すれ違う女性には「山崎冴子」犬には「カリン」。並木を見ると「プラタナス」。ビルの窓には会社名。走る自動車の車種と運転手の名前。「駅」で電車に乗る。ホームに並ぶ人々の名前、電車の車両番号が出る。座席の乗客の名前がずらりと。女性のバッグのブランド名も。電車を降りて家に向かう道では交番の巡査の名前、ホームレスの名前。玄関に出てきた妻と子供の名前。洗面所で鏡を見ると自分の顔の下に自分の名前が出てきた。