黒い鶴がしずむ

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それは不思議な耳鳴りだった。右耳から左の耳に金属製のマッチ棒が震えながら突き進む感覚が鮮烈にあって、それは高速列車が私の頭を疾走するようでもあり、しかしその列車が左顔に突き抜けることはなく、軋みながら小さく溶けて不意に涙がこぼれるだけ。
誰を乗せて走っているの?
深夜、ハイヤーを断り官邸帰りの霞ヶ関をひとり歩いていると、身体を通過してゆく妻の言葉がある。それは私を責める記憶の言霊。
誰のための列車なの?
官僚と議員を乗せた列車は日本各地を貪り尽くしそれでも腹をすかせて帰ってくる。カタンした、カタンした、線路の音までが私を責めて、塗りつぶした黒い紙で鶴を折ることしかできない。角を曲がるとそこは雪降る桜田門で侍たちが斬り合う中を私はお濠に黒い鶴を浮かべる。一発の銃弾が駕籠の動きを止めると誰かを裂いた血しぶきが雪道を黒く染める。
私は加担している。この国の無人列車に。鳴り止まぬ救急車に。闇に。
公開:21/08/19 15:57
更新:21/08/19 16:16

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