海耳

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お盆の時期になると海から音が聞こえてくる。
海鳴りや地鳴りのような轟の音ではない。空耳のような幻聴でもない。
漣とともに聞こえてくる微かな波の音を「海耳」と呼んでいる。
お盆には、死者の魂があの世からこの世に戻ってくる。そして、海耳となって生きた証を声なき声で今に生きる者に伝えてくる。
波長の合ったひとには海からきっと聞こえるだろう。
三陸海岸で津波にのまれて海に流された被災者の声。
南太平洋で海の藻屑となった戦没者の声。
北大西洋で海難事故に遇ったタイタニック号の犠牲者の声。
時空を超え、すべて海耳となって聞こえてくる。
海耳は、決して怖くはないが、死者の魂が自分の存在を忘れてほしくない、知ってほしいという切実な気持ちが強い。
お盆に、遊び感覚で海を訪れないほうがよい。海は鎮魂の場となり、安らかに死者が眠れるよう弔うためにある。
海耳を聞きながら、そっと手を合わせる。墓参りのようにーー。
その他
公開:21/08/14 07:02
お盆 海鳴り 地鳴り 空耳 幻聴 死者

SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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