５階フロア

ワクチンの接種会場は先月閉館したばかりの駅前ビル「メリルシティ」の７階催事場だった。ワクチンを打ち終わり、稼働していないエスカレーターを５階まで降りてゆくと、剥がれかけた化粧品のポスターに、来週イズビューティフル、そんな懐かしい言葉を見つけた。このフロアには以前地元の書店と母の働く化粧品店があった。今は立入禁止のロープがゆるく張られていて、薄暗がりに空の什器が点在している。
中学生の頃、私はこのフロアのベンチで本を読むのが好きだった。夏は涼しいし冬は暖かい。図書館だと同級生や先輩がいたりするけどここなら大丈夫。トイレは使い放題だし窓辺からは町が一望できて、暮れなずむ景色に大人びた気分を味わうことができた。そして仕事を終えた母と散歩をしながら帰る。
来週イズビューティフル。ひどいコピーだけど母はこの言葉が好きだった。私はあの頃、母の分まで父を嫌おうと必死だった。メリルシティは来月解体される。