本堂に糸玉

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できればおもしろいいえにすみたいです。できればいっしょう。妻が小学校の文集に書いた夢だ。できればは彼女の口癖でそれが今も変わらないことに笑ってしまう。
「面白物件が見つかったの。広いから一緒に住もうよ」
それが彼女からのプロポーズ。素手で鳩を捕まえては空に放ち、できればを連発する彼女が可笑しくて結婚を決めた。
あれから20年。僕はトイレに行きたくて妻の帰りを待っている。今の面白物件は山の中にある廃寺で、朽ちた本堂の地下には戒壇巡りに使われていた回廊がある。回廊に照明はなく、暗闇からはいつも君が代みたいなハミングが聞こえる。壁をつたって恐る恐る奥に進むと手に大福みたいなぷにぷにが触れてそれがトイレのドアノブ。
間に合わなかったらどうするの。夜中にひとりであんなトイレ使えないよ。できれば早く帰るって言ったじゃん。心細さが極まって口から出る僕の糸を座敷わらしが手繰りだし、手繰られきって僕は糸玉。
公開:21/08/07 07:11
更新:21/08/11 12:12

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