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明朝には宮内庁から迎えの車がくる。そんな連絡があったことにして僕は今日一日を過ごそうと思った。まずは明日のためにスーツを新調しよう。生地の裁断や縫製を待っている時間はないから量販店に行くしかない。玄関には靴底の裂けたスニーカーが一足あるだけ。革靴を買いに行くための靴を買う必要がある。裸足はつらいから穴のあいた靴下を重ねて履いた。身長よりも伸びた髪。ハサミなどない。僕は明日のことを考えるうちに部屋に呼び鈴がないことを心配に思った。宮内庁の人が来たとき部屋の前で待っているのは間の抜けた感じだ。まずは玄関に呼び鈴を作ろうと駐輪場の自転車からベルを拝借するために靴下で部屋を出た。しかしこの炭鉱住宅にはもう住民がいないからベルのついた自転車は一台もなかった。僕は途方にくれて誰もいない町を深夜になるまで歩き、廃線の駅舎で海のような闇に投網を放った。自転車さえ網にかかれば僕の小指はドライバーに変わる。
公開:21/10/29 19:56
更新:21/10/29 20:03

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