フリーエージェント

「多くの猫は皿にたまった水を飲むとき、手前のふちや皿の中央で舌を使って飲みますよね。ですが、まれに向こう側のふちに舌を這わせて水を飲む猫がいます。それが内猫と外猫の違いです。ここでいう内猫と外猫は家の中で暮らすか否かではなくて、この世で暮らす猫とあの世で暮らす猫の違いです。人間はあの世に逝くと姿が見えなくなりますが、猫はあの世に所属していても姿はそのまま見えます。それが人間と獣の違いでして、ですからあなたも皿の向こう側に舌を這わせて水を飲むことで、それを見ている獣たちが、あ、この人間はあの世の所属なんだ、と認識してくれるので、あの世仲間として自然に言葉を交わすようになるんですよ。ですからね、今日からしばらくそんなふうに皿の水を飲んでいただいて、周囲の認識が変わったな、と先方が確認した段階で本契約の運びとなります」
「はあ」
私は皿の向こう側で毛繕いをしあうふたりの代理人をぼんやりと眺めた。