洗面器

6
4

水で目を洗うといいと聞いたので、洗面器を買った。水を張って顔をつけて目を開く。気持ちいい。目が冴えるようだ。毎朝、目を洗うことにした。
ある朝、顔をつけて目を見張るとゆらめく水のなかに何かが見えた。息を止めてじっと見ると人の顔。洗面器を明るい窓際のテーブルに移して顔をつけた。ゆらゆらとするが間違いなく俺の顔。少し離れて見ているような感じがした。
その日から窓際のテーブルで洗面器を覗くのを習慣にした。見えるのはやはり俺の顔。笑っていたり、退屈そうな顔。その顔は数年前の自分である。仕事で苦労していた顔である。さらに日が経つと顔は若くなっていった。結婚した頃の楽しい顔、失恋した顔、受験生で表情の乏しい顔。顔は日に日に若くなり、俺の高校生、中学生になってゆく。不思議な気分。洗面器の顔は小学生、幼稚園児に戻ってゆく。三歳、二歳の顔。そうして新生児の俺。この先はどんな顔か。
翌日、俺は洗面器を捨てた。
その他
公開:21/10/06 16:27

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容