美酒

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全国各地の珍しい日本酒が揃うという都内のバーを訪れた。
マスターが勧める店一番人気の酒を注文すると、しばらくして硝子の徳利に入った冷酒が出てきた。薄暗い店内でキラキラと輝いている。その見た目に驚いていると、マスターが語り始めた。
「その名も『美酒』です。一点の濁りもない清酒です。『勝利の美酒に酔う』という言葉があるとおり、勝利した感動そのままに酔える味の良い酒です」
心地よく酔える絶品のうま酒だった。
ほろ酔いの俺にマスターが珍品の酒を持ってきた。瓶に入ったその酒は、どす黒く濁っていた。
「その名も『濁酒』です。この東京が江戸だった時代、『白河の清きに魚も棲みかねて元の濁りの田沼恋しき』と詠まれた狂歌に由来します。規制を強いる清廉潔白な松平定信の寛政の改革より、汚職の多かった田沼意次の悪政のほうが規制も緩くて良かったという意味です。『濁酒』も『美酒』に劣らぬ名酒ですが、悪酔いに要注意です」
その他
公開:21/10/02 07:08
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SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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