0
3

この世とあの世にどんな違いがあるのかと問われれば何もないのだと私は答える。あるとすれば入口で配られる眼球が違う。写実なのか抽象なのか、それだけのこと。
時庭駅のホームに降りると白いつつじが満開だった。草原にそこだけ剃り残したような背の高い防風林が私を迎えるように並んでいて、青ざめた空には犬鷲が一羽、私を獲物かどうか見極めるようにゆっくりと旋回し、口角を上げて去ってゆく。
ひとりで行けるもん。言ってはみたものの私は孫の骨壺を抱いたまま足の震えがとまらない。外出するのはこの世にきてからはじめてのこと。野生の鹿は納骨に向かう人間が一番おいしいことを知っている。一両半の気動車が加速しながら遠ざかり、見えなくなると防風林の向こうに一頭の鹿。背後にも鹿、鹿。あの世にいた頃は眼球の違いからか鹿の姿は目に映らなかった。私は寺に向かって歩きはじめる。人の寿命は鹿の食欲次第。それはこの世もあの世も変わらない。
公開:21/10/02 07:01
更新:21/10/03 16:36

コメントはありません

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容