江戸の迷い人

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煮売り屋の客達は、杉岡道場で先日保護した迷い人の話で持ち切りだ。
「この世の者とは思えぬ格好をしてたらしい」
「拙者は草履とも下駄ともとれぬ奇天烈な履物と聞いた」
「けったいな言葉使いをするらしいな」
丁度そこに道場の門下生が訪れた。
「吉岡殿!例のふてえ野郎は?」
「『未来から来た』とかほざいとる」
どかと座り相席した。
「名を聞いても伴天連の名を名乗りよる」
出されたお猪口をくいと煽った。
「妖しく光る珍妙な箱をやたらこっちに向けてくるので、念の為懲罰房に閉じ込めた」
「珍妙な箱…?」
「愛だの不穏だの話すことが支離滅裂じゃ」
「何者じゃ一体」
「身分を問うたら『ゆう…ちゅば』とか意味不明ときた」
煮物を頬張る。
「ありゃ、確実に頭を病んどる。もしくは噺家だ。手入れされた庭を見てこう連呼するんじゃ」
皆息を飲む。
「『草生える、草生える』って」

「とんだ落語だぁ」皆どっと笑った。
SF
公開:21/09/16 16:29

吉田図工( 日本 )

まずは自分が楽しむこと。

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