スシ・クラフツマン

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のれんをくぐると、二人分のいらっしゃい、が店内に響いた。
力強さを感じる野太い声と、やや軽薄だが威勢のいい元気な声。

「こんちは」
「やあ」

E氏とは昔なじみだ。
昔は石みたいに頑固だった男も、時代の流れの中でゆるやかに摩耗し、いまでは随分丸くなった。
弟子はとらん、そう言っていたが、後ろで働く女は揃いの白衣を纏っている。

「息子さん、フランス行くんだって?」
「おう」

パティシエを目指す一人息子とも、結構長い間揉めていた。いまこうして海外留学まで漕ぎ着けられたのは、奥さんとの離婚騒動が一役買っていることは間違いない。

――信念よりも家族が大事だ。多様性ってな。

私は、彼の決断を尊重する。

「親方、これ新作、どう?」
弟子の女が握りを一つ差し出した。シャリの上に、焼きたてのウインナーが乗っている。

E氏の顔が青ざめる。
懐かしい怒鳴り声が轟く。

――多様性。難しい問題だ。
その他
公開:21/09/17 18:00
更新:21/09/15 09:57

レオニード貴海( 某海なし県 )

さまようアラフォー主夫

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