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職場のベランダにはもう使われていない洗濯機があって、毎年梅雨になると南西の空から竹馬に乗ったおじさんがドローンで現れて、三日三晩上空を旋回してからベランダに降り立ち、洗濯槽の中でひと夏を過ごしてゆく。
私はおじさんを街で見かけたことがある。場所はスーパーの精肉コーナーで、おじさんは竹馬に乗ったまま売り場を巡り、小さな声で「コマ切れヤッホー」と歌いながら、冷蔵ケースの温度をメモしたり、ポケットから取り出した小石を棚に積んだりしていた。
郵便局で見かけたときも竹馬に乗ったまま窓口に小石を積んでいて、局員がおじさんに手を合わせていた。
洗濯槽の中にいるときのおじさんは物憂げで、まるで煙草を吸うようにきゅうりを口に咥えている。家族はいるのかな。どんな人生を歩んできたのかな。
気がつくと職場の皆がぼんやりとベランダを見ていて、この人たちはいつまで倒産した会社に通ってくるのだろう、と私は心配になった。
公開:21/06/01 11:33
更新:21/06/01 11:43

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