悲しい左折

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 彼の左折は、なぜこんなにも悲しいのだろう。

 わたしはこれまで2人のオーナーを乗せてきた中古車。
 前の2人はどちらも一括現金でわたしを買い、どちらも2度目の車検前にわたしを手放した。
 今のオーナーも、やはりわたしを一括現金で買い、そして今日は2度目の車検の日。
 
 それにしても彼の左折は、なぜこんなにも悲しいのだろう。
 こんなにも悲しい左折をする人を、わたしは知らない。 
 今日でわたしは、また売りに出され、すぐに販売店に並べられる。
 でもわたしは、こんなにも悲しい左折を忘れたりしないだろう。

「今回車検どうするかい?」
「まだ乗るよ。ずっとあこがれだったし。それに」
「それに?」
 彼の左折は確かに悲しい。
 だけど彼の左折は、どこか優しい。

「これ、死んだ親友が乗っていたんだ。左折が下手だったけど、いい奴だったんだ」


 このオーナーとは、長い付き合いになりそうだ。
その他
公開:21/06/01 00:25

綾坂茂吉( 九州豪雨地帯 )

 長編を書く集中力がないから、短編を書いています。
 こんなひとにおすすめです。
・空いた時間にちょっとした読み物を読みたい人。
・だれかの短編を参考して、自分も短編書きたい人。
・綾坂茂吉の短編が好きな人。

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