六度七分の男

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 無謀ともいわれるハンデ戦。その調印式のインタビューの際、ボクは自分がこの道に入るきっかけとなった頃のことを想い出していた。
 頻繁な検温が日常となった当時、非接触式の小さなピストルみたいな検温器で来園客の検温をするのがボクの仕事だった。
「失礼します」と検温器を女性客に向けると、女性は少し恥ずかしそうに、時には少し怒った顔でそっと前髪を挙げ、伏し目がちに額を顕わにする。その時、ボクはいつも興奮していたのだが、その興奮の原因は女性の態度によるのではなかった。ボクは年齢性別を問わず、他人の体温を知る、ということに万能感を覚えていたのだ。
 そしてボクは「検温プロレス」の門戸を叩き、十年間無敗の絶対王者となった。
「今回、挑戦者が非接触式なのに対し、チャンピオンは直腸体温計ですが、勝機は?」と記者が問う。
「腋窩水銀式でだって、負ける気はしませんね」
 ボクは三十六度七分の気分で、そう答えた。
その他
公開:21/05/29 07:59
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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