人拐いさん

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白杖を持つ手を誰かがそっと掴んだ。
「あら、人拐いさん。今日は何処に拐われるのかしら」
応答は無く穏やかな速度で手を引かれる。
「今日は日差しが強いのね」
すると顔の火照りが無くなった。日傘を差してくれたようだ。
アスファルトが砂利に、喧騒が鳥の囀りに変わった。
「バラ公園ね」バラの花を思い出しながら香りを感じる。
促されベンチに腰掛けた。
「この季節だと満開ね」静かに隣に座る気配。
人拐いさん。不定期に現れ、今の私には行きづらい場所に拐っていってくれる。
最初は当然恐怖だった。しかし不思議と悪意は感じなかった。
「今日も声は聞けないのかしら」返事は無い。
「貴方みたいに不器用な教え子を思い出したわ。昔教師だったの」
ベンチが軋んだ。
「目がこんなになって教師を辞めたからその子ともそれっきり」
手を差し出す。
「…あれは事故。もう気にしなくてもいいのよ」
握り返された手は微かに震えていた。
その他
公開:21/05/26 06:00
更新:21/05/26 10:37

吉田図工( 日本 )

まずは自分が楽しむこと。

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