熱海人

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その美術館には今も人類が働いているという。
最寄り駅は微生物に分解され、幹線道路には羊毛が生い茂り、もう何年も車の往来が途絶えているエリア。周辺には見渡す限りの樹海が広がっていて、訪れた誰もがここを熱海とは思わないだろう。
海はどこに消えたのか。私はおなかを空かせて自分の瞼をかじっている娘の手を握った。食べちゃだめ。小さな山の頂にあるこの美術館にレストランはあるだろうか。季節や時間がどこか遠く太陽までが頼りない。風は流れることなく土に吸われてゆくだけ。この空腹が昼のものか夜のものかもわからず、私と娘はどんなジャンルのいきものなのか、半導体が血を流すような唾液の味に娘を産んだ右鼻が疼いた。
左耳から産んだ子と右鼻から産んだ子では感受性が違うよ。
秘宝館の入口でもぎりをしているおばちゃんはそう言って水飴をひと匙くれた。その胸には「最後の人類」とプリントされていて、私はもう、よだれがとまらない。
公開:21/05/17 11:52

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