視線

視線を感じていた。冬の凍った空気を溶かすかのような熱い視線だった。
左前の席に座る歩美さん。彼女が視線の送り主だった。彼女は教員の叱責も顧みず振り向き、その瞳一杯に僕を映した。そうして口角を少し持ち上げたと思うと前に向きなおり、まわりの生徒と肩を小刻みに震わせた。
僕は直ぐに彼女の気持ちに気がつくことができた。僕にはその気がなかったけれど、これも男の務めだろうと思った。何よりも僕は女性を悲しませたくなかった。
再び歩美さんの瞳が僕を捉えた。僕はその瞳から中に入り込み、彼女の脳や体と僕自身をぴったりと重ねる様に精神を研ぎ澄ませた。そうして歩美さんの一番深いところに達したところで僕はウインクをした。
すると歩美さんは突然胃を掴まれたかのように呻き声を上げて、全身を震わせ机に突っ伏してしまった。彼女を悲しませてしまったのだろうか。彼女から視線を外してぼんやりと前を向いた。僕は視線を感じていた。