ジャスコを抱く

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妻と思って抱きしめていたのは高野豆腐だった。そんな朝がもう何日も続いている。
妻はサワラを獲る漁師で、今はサワラが旬だから、だから帰らない。何日も帰らない。とはいえ漁場は瀬戸内の海。ここは高松。遠洋の漁ではないのだからこう毎日帰らないのはおかしい。確かに商店街の魚屋やイオンにはサワラがたくさん並んでいる。がんばってるなぁ妻、と思う。でも疑う気持ちが渦を巻く。
妻は寂しがる私のために等身大の高野豆腐を作ってくれた。こだわりはその柔らかさ。ベッドが濡れない程度の絶妙な量の海水を含ませて、潮の香りに妻を感じる。
妻の漁は孤独だ。たったひとり海中を魚のように泳ぎ、見つけたサワラを抱きしめて浮上する。それが抱きしめ漁。
夫婦になって20年。出逢ったころイオンはジャスコといった。レジに並んでいた私は突然彼女に背後から抱きしめられて、屋上で。
私はイオンに走った。
館内を回遊する妻。
その背中を抱いた。
公開:21/05/13 09:38

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