草むら

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旅先のホテルで自転車を借りた私ははじめてのまちを巡りながら、気に入った建物があれば自分の詩集を置いてまわった。古い映画館や木造の駅舎、銭湯にお城に古墳に魚屋。
キャベツ農家の私の詩集はキャベツそのものだから、直接手渡すとみんな驚いて、それが詩集だとわかると嫌な顔をした。だから私は黙って詩集を置いてまわる。キャベツに書いた恋の詩は耳なし芳一の体みたいに外葉から芯までびっしり書いても収まらなかった。多くの人に読んでほしいけど、読まない人には食べてほしい。豚肉と甘めの味噌で回鍋肉にして。
戻るホテルを探すうちに道に迷い、辿り着いた河川敷で、私の母親が嫌がる妹の手を引いて草むらに消えるのを見た。
胸騒ぎがしてその草むらに駆け寄ると、そこに二人の姿はなく、空瓶に指を入れたときのような微かな吸引力を感じて、そういえばフロントは無人だったな、などと思ううちに私は消えて、自転車と詩集だけがこの星に残った。
公開:21/05/07 10:22
更新:21/05/07 11:58

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