誤用ソムリエ

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初めて客の前に立つ緊張感。僕は汗を拭い、白手袋をはめ直した。
「平常心。お客をしっかり見て」
先輩がそう励まし、僕をカップルの待つテーブルに向かわせる。
「こちら」
おもむろに本を開き、男の方に回すと、
「『私には総理の地位は役不足です』だって」
ふたりは顔を見合わせてにっこり笑う。幸先がいいぞ。
本、雑誌、新聞記事、手持ちの誤用を差し出すたびに、「これは微妙な味わい」「単純な重言に比べて深みが違う」など良い反応。
僕も次第に楽しい気分になり、とっておきのを出そうと決めた。
「こちら、二十年ものの誤用になります」
差し出した僕を見て、ふたりは首を傾げる。
するとすかさず先輩が「失礼しました。間違ったものをお持ちして」と差し替えた。

「いい?年代物の誤用を出すときは、お客のレベルを見極めないと。人によっては誤用じゃなくなってるかもしれないんだから」
嬉しくて失敗した。次は頑張ろうと思った。
その他
公開:21/05/04 23:34
更新:21/05/06 19:53

工房ナカムラ( ちほう )

ボケ防止にショートショートを作ります

第二回 「尾道てのひら怪談」で大賞と佳作いただきました。嬉!驚!という感じです。
よければサイトに公開されたので読んでやってください。

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