傘泥棒と落書き

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同期との飲み会は話が弾んだ。ジョッキの琥珀色が泡と消えるたび皆の顔が赤くなり、声は高くなる。
「最近の新人は…」
「俺らの頃は…」
後輩の愚痴を溢すほどには歳をとった。三十を過ぎると昔話をしたくなるのが人の性かもしれない。あれもこんな雨の日だった。



大学四年、就活は連敗。今日の面接も終わってみれば結果は明らか。会場から出れば予報外れの雨。傘はない。何もうまくいかない。高志という名に負けてしまいそうなほど、志は地に落ちそうだ。街ゆくサラリーマンが別世界の住人に思えた。
八つ当たりにコンビニの傘立てから一本盗む。ビニール傘一本くらいなんだ。俺の方が可哀想だろ。小走りにその場を去った。

しかし、僕はすぐに盗んだことを後悔する。

落書きしてある上に、粗悪品のようだ。

その透明なビニール傘には大きく文字が書かれていた。

「タカシ、がんばれ!」

傘はさしているのに、頬が濡れた。
青春
公開:21/04/26 16:30
更新:21/04/26 16:41
傘にまつわるあれこれ① 傘泥棒ダメ絶対!

空津 歩( 東京在住 )

空津 歩です。

ずいぶんお留守にしてました。

ひさびさに描いていきたいです!


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