少し遅れます。

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雪原の一本道。滅多にこない車が一台通りすぎて、タイヤチェーンの音が小気味よいリズムを刻み、遠ざかり、やがて消えた。
私がいつものバス停で爪を切っていると、背後から大きな水ダコが私を包むように覆いかぶさってきた。甘えているのか、硬い歯が首すじに触れて笑ってしまう。
それからどれだけの時間が経っただろう。水ダコの飼主がやってきて、手綱を付けずに散歩したことを私に謝り、去っていった。見送りながら私は驚いた。季節が変わっていることに。
辺りは一面、金色の麦畑だ。見渡す限りの雪原は、私が水ダコに覆われている間に麦秋を迎えていた。
真っ青な空にクジラみたいな雲がひとつ。金色の麦の穂が風に揺れてまぶしい。
私はダウンジャケットを脱いだ。切りかけていた爪はまた伸びていて、私は再び切りはじめる。
年に2便のバスは3月で終わり、今年はもうやってこない。幸い冬の上着がある。次を待てる。
私は会社に電話をかけた。
公開:21/04/26 11:20
更新:21/04/26 11:23

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