過去現像(フラッシュバックフィルム)

12
8

硫黄じみた現像液の匂いに、アンバー光が灯る暗室で咽せそうになる。

液の中で印画紙に画が徐々に浮かび、重なるように記憶が滲んだ。

戦地に善人は少ない。無理もない。そこでは善人ほど早く命を落とす。
だからその男が生きているのが不思議でならなかった。見知らぬ敵国の地でカメラを持つ彼の笑顔は救いだった。

「こんなことでもないと国を出ないだろう?妻に見せたくて」
そう言って彼はシャッターを押した。

「俺が死んだら妻にコイツを渡してくれ」
その言葉を最後に数日後、彼は死んだ。


「…これ一枚だけか。」
フィルムは黒く過感光していた。気まぐれに私が撮った彼の笑顔の一枚を除いて。

現在、私は孫も生まれ平穏を生きている。いつの日か彼の写真を遺族に手渡せる日もくるかもしれない。

「好奇心」と顔に書いたようにカメラを覗く孫に私はいう。

「ファインダーは万華鏡だよ。覗く度に世界は違って見える。」
その他
公開:21/04/23 19:08
更新:21/04/23 21:29
壊れたカメラシリーズ⑤ 暗室には 印画紙に感光しない 作業用のアンバー灯が 点いています。

空津 歩( 東京在住 )

空津 歩です。

新シリーズ「人喰い病院」はじまりました。

荷物
破顔
秘密
長老
抗争
皇帝
報道

マイペースに描いていきたいです!

SSG1周年!

Twitterアカウント(告知&問い合わせ)
https://twitter.com/Karatsu_a

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容