アドホック糸電話

部下のＣ君が一週間の無断欠席。主任は「自分のなかに閉じこもっています」と言う。私は主任を連れてＣ君のアパートを訪れた。部屋でＣ君は目を閉じて鳩のように丸く座り込んでいる。主任は「超精密スコープを持ってきました」と内視鏡のような端子をＣ君の鼻の穴に入れて、接眼部を私に見るように言う。覗くとレンズの奥ではＣ君がぼんやりと座っている。「彼と話せないかな」と主任に言うと「携帯電話は通じません。アドホックでやります」と紙の筒を取り出した。糸がついている。「糸電話？」「はい。アドホック通信です」主任は糸をＣ君の耳に結んでピンと張ると「Ｃ君！Ｃ君！」と筒に叫んだ。筒を耳に当てると返事があったようだ。私に筒をよこす。耳を当てるとＣ君の声で「すみません。明日は出勤します」と言う。私たちはアパートを出た。
しかし翌日からもＣ君は出社してこない。次は会社の産業医と一緒にＣ君を診る必要がある。糸電話を持って。