暗黒部屋(カメラオブスキュラ)

暗い部屋に空いた小さな穴、そこから指す月光が風景を撮像する仕組みが写真機の起源である。

その登場が人類にあることを成し遂げさせた。

その時、人類は目を瞑る己の姿を見ることができたのだ。

とはいえ、僕の目の前が比喩ではなく真っ暗であるのは、目を瞑っているからではない。学校で噂の「望むものが見えるカメラ」を写真部の部室に忍び込み拝借したはいいが、部員が帰ってきてしまい、咄嗟に用具入れに隠れ、そのまま出られずにいることが関係していなくもない。

「いるんでしょ？」
戸を叩く恋人の声は間違えない。彼女の声だ。

用具入れから出た僕は彼女にレンズを向ける。ファインダー越しにその怒った表情が見えた。

そう。先天的に「盲目」の僕に彼女の顔が見えたのだ。

「…見えるの？」

笑顔と涙がごちゃ混ぜになった彼女が言った。束の間の喜びを分かち合いながら、目を閉じた彼女に、唇の重ね方を僕はまだ知らない。