越から始まる変化球

「ベトナムってさ、漢字では越南って書くんだよ」と、つい先日インドシナ半島周遊の一人旅から帰国した友人がメモ帳の汚い字を見せながら日焼けした顔で言った。
「へぇ。越後と同じとはね。確かに米どころという点で通じるものがある」
日頃は物静かな男が突然、脇から口を挟んできた。人の話を盗み聞きしておきながら、独りで納得した様子である。そう言えば、彼は新潟出身だった。

「南が付くのも常夏のイメージ通りで違和感ないよな。異論は認めない」と友人が言葉を継ぐ。

「じゃ、越北はどこにあるのさ？」と、ひねくれ者の僕。
「そら、埼玉やろ」
今度は後ろから関西弁を話すショートカットの女が割って入ってきた。今日はやけに外野が賑やかである。
「埼玉に！？」
「そや、越谷にあるで。コシキタや、あたしの母校」
東武伊勢崎線沿いに住むという彼女は関西育ちの埼玉県民だった。

思わぬ変化球に想像の先を越された思いがした。