暗い川

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小さなバーの窓に面した細長いカウンターテーブル席が俺のお気に入りだ。ふらりと入って一人で坐る。外を眺めると窓の下には川が流れている。都会の隙間の川に街の灯が揺れる。暗い川だ。
ある晩、水割りを飲んでいると二人の男の話が聞くともなく聞こえてきた。「…甲状腺刺激ホルモンレセプタ抗体…」「…テフロン製フレキシブルホース…」医者か研究者かスーツ姿の若い二人は話を終えると出ていった。暗い川面を眺めながら俺は考えた。レセプタとホース。昔かじった心理学を思い出した。二人の会話は月並みな連想を呼ぶ。つまりレセプタとホースが暗示するのは…分析はやめよう。会社の退屈な仕事で心理学からも縁遠くなった。いつまで今の会社に居るべきか…。
それから三ヶ月ぶりにバーに行った。窓の外には川はなかった。目の前が道になって車が走っている。暗渠になったのだ。流れる車を見ながら俺は道の下の以前よりももっと暗い川のことを思った。
その他
公開:21/07/02 16:20

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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