あのひと

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枯葉なのか、蛾なのか、よくわからないものを踏んだ。
あのひとがいなくなってからこの部屋の窓はずっと開いたままで、窓辺のカーテンは日々入りこむ雨や、雪や、太陽の光に晒されて、風が吹くと古い新聞紙がめくれるような音とにおいがして、なぜだろう、太古の森に抱かれたような感覚が未練のように漂って、自分がもう絶えてしまった種の植物なのだと感じてしまう。
今は朝だろうか。
長い間私のまぶたは糸で縫われていて、その糸がちぎれた今日は運命の日。そんなふうに思う。ずっと眠っていたような、ずっと起きていたような疲れ。
書斎なのか、厨房なのか、よくわからない部屋を出て私は久しぶりのトイレに入る。使い方は覚えていた。長い間乗っていなくても意外と乗れてしまう自転車のように私は用を済ませて、玄関なのか、排水口なのか、よくわからない口から明るい場所へ出て、バスなのか、牛なのか、よくわからない背中に乗ってあのひとを想う。
公開:21/06/28 19:52

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