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「一郎はまだか、いつになったら顔を見せるんだ」
夕方、看護師たちの視線を感じながら廊下で待機していると、目の前の病室から苛立ちを帯びた甲高いしゃがれ声が聞こえてきた。そろそろ自分の出番だろう。意を決してゆっくりとドアを開け、ベッドに横たわる老人に歩み寄り、口を開く。

「一郎です、お父さん。長い間合わせる顔がありませんでしたが、恥を忍んでやってまいりました」
「おお、本当にお前なのか」と老人。既に涙腺が緩んでいる。つかみはオーケーのようだ。そのまま脇にあったキャスター付きの椅子に腰掛け、日が暮れるまで25年ぶりの父子対面を演じた。すぐ隣では品のいい白髪の女性がその様子を見守っていた。

「最初は半信半疑でしたけど、とっても良かったですわ。亡くなった兄を彷彿させるようで」
病室を出た後、白髪の女性が言った。

「我々は身代わりのプロですから。お引き受けした以上、何者にでもなりきります」
ミステリー・推理
公開:21/06/24 19:51
更新:21/07/19 05:50

アカサカ・タカシ( Chicago )

2022年から米国シカゴ在住。

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