君のベスト

君に声をかけたのはね、驚異的なスピードで歩道を駆け抜けたからなんだ。あのときバイトに遅刻しそうになっていた君を追いかけ私は無理に引き止めた。その日のバイト代を払ってでもね。50mを5秒切る勢いだったんだ。震えたよ。うん、たしかに「君のベストを見せてくれ」と私は言った。もう一度この目でベストタイムを確かめてみたかったんだ。私は陸上の監督をやっているって説明したよね。なのに競技場に来た君はダウンベストを着て現れた。「これ安かったんです」って。そのベストを見せにきたとはね。え？二枚で千円！安っ！あ、いやそれは店長が低価格にベストを尽くしたんだろうよ。とにかくそのダウンベストを脱いでトラックを走ってもらえないか。私はそのベストより君のベストタイムを見たいんだ。50mのね。え？暑い？ダウンベストを脱いだらどうだ。ちょ…ダウンしちゃったよ。そんなにダウンベストを着たいのか。こっちは期待はずれだったな。