柴又さん

「俺は小さな会社の社長なんだ」
お店に来るたびに私を指名する柴又さんはいつもそんな自己紹介をする。
「どれくらい小さいの」
私が聞くと、
「豆腐でいうと５０丁くらいかな」
と言う。
私は会社の規模を豆腐で表現する人を他に知らない。
「絹ごし？」
「バカ言うなよ。木綿で」
よくわからないけどきっと面白いこだわりを持つ人なのだろう。笑うとダンゴムシみたいにフロアに丸まってしまう柴又さん。丸まってしまうとしばらく戻らないから私は仕方なく他のお客さんの相手をする。
先月柴又さんは鳥に襲われて両方の耳たぶを失った。その耳たぶは今豆腐。豆腐には血管や神経細胞も移植できるらしい。柴又さんはきっと豆腐屋の社長なんだろう。そう思っていたのに、早朝からテニスコートで楽しそうに走り回る柴又さんを見た。聞けば勤続４０年のボールボーイだという。
よくわからない柴又さん。コートで丸まった彼の隣で私も少し丸まってみた。