父婦(とうふ)

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近所の商店街にある豆腐屋では、父の日限定の豆腐を求めてお母さんが長蛇の列で並ぶ。
見た目は白い普通の豆腐で「とうふ」と呼ぶが、漢字で「父婦」と書く。この豆腐をお父さんが食べると、一日主婦になるという。
父婦は、大豆の一種の母化豆と秘伝のにがり、そして婦夫山の清流水で作る。

父の日の翌朝、食卓に父婦が並んだ。お父さん以外の家族が食べてもただの豆腐だが、お父さんは一口食べた途端、主婦のように振る舞いだした。
まずは、今までしたことがなかった食後の片付けや食器洗いを始めた。
その日のお父さんはリモートワークだったので、仕事の合間に洗濯や掃除、料理など、あらゆる家事をこなした。
いつもぐうたらなお父さんがてきぱきと動き、きめ細やかだ。しかも、優しい言葉遣いで穏やかに接し、落ち着いている。上品な身のこなし方などまったくの別人で、物腰が柔らかい。
これは、お母さんが絹ごしの父婦を買ってきたお蔭だ。
その他
公開:21/06/19 07:13
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SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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