争い

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「もうやめた。もう書かない」
まひるが筆をごみ箱に投げ捨てた。
「私に似合う文字なんてない」
書のことは、私にはわからない。薄墨で書かれた万葉集の歌。私にはその一つの文字さえ読めない。
ただまひるが悲しんでいるのが悲しい。
人の言葉がわからないで、ただそこにいて主人と一緒に悲しんでいる犬はこんな気持ちだろうか。
あの日、あの展覧会で、ところ狭しと飾られた書を見て思った。これが文化だって。そこにひとつあるだけで、語りかける背景を携えてるって。まひるは文化を支えてる。空気を支える柱のように。
書にくらべると隣に飾られた油絵の若々しいあどけなさ。私はアクリル絵の具で描く自分の作品がまるで今日初めて筆を扱った後ろ支えのないもののように感じた。なんの背景もなく、浅はかな自由を遊ぶだけ。
書の洗練と確かな自由さに自分がみすぼらしく思えた。
まひる、あなたは本当にそれを捨てられる?
その他
公開:21/06/17 20:52
更新:21/06/17 21:24

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