手洗いBar

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 忘れたい思い出ほど忘れられない。それは、無意識に思い出を握りしめて離さない自分がいるから―。

 嫌な思い出を綺麗に洗い流しませんか?そんなフレーズとともに、ある街角に「手洗いBar」という店がオープンした。嫌な思い出を忘れたくて訪れる客は絶えないらしいが、不思議と客は思い出を大事にして帰るようだ。

 暗すぎず明るすぎず、ダークブラウンを基調とした店内は、センスを感じさせる。カウンターに着席すると一杯のカクテルが出される。それを飲み、店内奥の手洗い場で手を洗い、思い出を洗い流すのだ。
 手洗い場正面には鏡があり、その人が忘れたい思い出を映し出す。ただそこに映るのは、忘れたいほど嫌な出来事が起きた背景、加害人物の事情、心境など、自分だけの目線ではない。洗い流す前の最後の確認だ。

 きっと今宵の客にもマスターは言うだろう。
「どうやらお客様も洗い流さないほうが良さそうですね」と。
その他
公開:21/06/08 04:49

おおつき太郎

面白い文章が書けるように練習しています。
日々の生活の中で考えたこと、思いついたことを題材にしてあれこれ書いています。


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