シューって風

地球上に吹く風はすべてカブトムシの体から起こると夫は言う。ふうふうぷうぷうジュウジュウと夏の夜更けにカブトムシが鳴くのは恋の叫びだとされてきた従来の説を真っ向から否定する研究発表をした彼は、普段は給食センターや古本屋にマウスピースを売り歩いている。管楽器の口元に取り付けるあの道具だ。独特な口づかいを訓練することで口笛が上手くなり、口笛の美しい職場は皆がごきげんでいられるから、人間関係が穏やかで仕事が捗り、帰宅は早まりその分手のこんだ美味しい夕食を食べ、読書が進みひらめきが心を潤し心地よい睡眠を導く。
ふうふうぷうぷうジュウジュウ。風が森や虫カゴでうまれる。私はそんな研究に打ちこむ夫がたまらなく好きだ。
待って人が見てるわ。本当に奥さんと別れてくれるの。
朝帰りの夫の肩に見知らぬ小虫がいて、変わった風を吹かせるから殺虫剤をシューってしたら、小虫のスカートが風に揺れて、夫まで鳴かなくなったの。