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その皿が工房にあった理由を私は知らない。
師は雑器を好まない陶芸家で、さりとて手すさびの習作には熱が入り過ぎていた。
春の朝靄に似た乳色の地に、桜の花弁を濃淡に散りばめた意匠。師は『さくや』と呼んでいた。木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の事だろうか、それとも昔の恋人か。丹念に皿を磨きながら、ぼんやり佇む師の背中を、私は苦い気持ちで眺めたものだ。
老いた師は工房を私に譲り、やがて病を得て入院が決まった。
少ない荷物の中に『さくや』を見付け、理不尽な思いに駆られた。後継の名で私を工房に縛り付け、師はあの皿と心中する。一心に付き随ってきた歳月は、師にとって皿一枚の価値もないものだった。
手を滑らせたのが、わざとかどうかも解らない。
粉々の破片に変じた『さくや』は、夕風に乗って工房を舞い狂い、臥せった師を切り刻んで血みどろに染めた。
警察へ連行される前に見た亡骸の、唇は陶然と笑む様に見えた。
師は雑器を好まない陶芸家で、さりとて手すさびの習作には熱が入り過ぎていた。
春の朝靄に似た乳色の地に、桜の花弁を濃淡に散りばめた意匠。師は『さくや』と呼んでいた。木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の事だろうか、それとも昔の恋人か。丹念に皿を磨きながら、ぼんやり佇む師の背中を、私は苦い気持ちで眺めたものだ。
老いた師は工房を私に譲り、やがて病を得て入院が決まった。
少ない荷物の中に『さくや』を見付け、理不尽な思いに駆られた。後継の名で私を工房に縛り付け、師はあの皿と心中する。一心に付き随ってきた歳月は、師にとって皿一枚の価値もないものだった。
手を滑らせたのが、わざとかどうかも解らない。
粉々の破片に変じた『さくや』は、夕風に乗って工房を舞い狂い、臥せった師を切り刻んで血みどろに染めた。
警察へ連行される前に見た亡骸の、唇は陶然と笑む様に見えた。
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公開:21/03/08 20:49
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創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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