もとの世界に帰る条件

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目が見えないと、他の感覚が冴えるらしい。
梅の香りがとろりと濃い。質量をもって体にまといつく。
手をひかれるまま進むと、空気が熱を帯びてきた。もう梅の香りはしない。かわりに甘さを削ぎ落した、むせるほどの草いきれが足元から立ち上る。通り雨のように蝉の声が近づいてきた。しばし蝉しぐれを存分に浴び、音が後ろへ遠ざかる。
「どう?」
「まだだ」
目隠しのまま、手をひかれ続ける。
一足ごとに、地面が落ち葉で柔らかさを増す。乾いた風が袖から背中へ抜けて汗を冷ましていく。金木犀の香りがひとすじ、顔をかすめた。
鼻を通る空気が冷たい。近いのだろうか。
導いていた手がそっと離れ、俺は立ち止まる。
着いたのか、と言いかけた時、背中をとんと突かれた。転んだ先は雪深い地面。
「元気でな」
慌てて目隠しを取り振り返ると、親友の姿も、入口の神社もなかった。

嘘をつかれた。見えなくても道は分かると、言っていたのに。
ファンタジー
公開:21/03/05 19:57
金木犀

字数を削るから、あえて残した情報から豊かに広がる世界がある気がします。
小さな話を読んでいると、日常に埋もれている何かを、ひとつ取り上げて見てる気分になります。

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