おらの歯抜け

おらの前歯がぬけた。
よけいマヌケ面になった。欠けた歯の隙間から酒を流し込み、そのうちどうでもよくなった。

酔いがまわりトイレでえずいた。顔を上げると鏡に歯が抜けた自分の顔がうつった。相変わらず歯が抜けたままだった。


部屋に戻るとテレビの中でハゲかかったお笑い芸人が必死にハゲを隠そうとしていた。見た目の残念さと羞恥心を晒す姿が滑稽でみんな笑っていた。


おらも抜けた前歯を隠そうと口を閉じて笑ってみた。人でも喰いそうな奇妙な笑顔になった。右頬を上げたり、左頬を下げたり、何通りも試したがどれもうまくいかなかった。

おらは笑われるのは構わなかったが人を怖がらせたくなかった。

その日から、おらは笑うのをやめた。

時代はうつろい、みんなマスクをつけるようになった。おらは遠慮がちに、次第に大胆に笑うようになった。

ウイルスが蔓延する前の世界より、この世界はとてもおもしろかった。