少しずつ消える

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満開のミモザが黄色く闇を灯す森の中で顔のない背中だけの鳥が鳴いている。
屏風山から旧道を箱根に向かう辺りに谺と呼ばれる集落の跡がある。その跡には今も弁慶の背中が棲んでいて、春になると旧道をゆく旅人を攫っては歌とダンスを強要した。
弁慶の背中はその名の通り昔は武蔵坊弁慶と呼ばれた男で、魂の薄れとともに顔と体の前部は溶けて無い。後ろ手に薙刀を持ってはいるが、義経がチンギスハンになったあと彼はマイケルジャクソンになった。
柱時計の前蓋を引き剥がして振り子がむき出しになったみたいに彼の心臓とたぎる血流は丸見えで、肩や腕には苔や雑草が茂る。それでも彼のパフォーマンスは衰えを知らない。
浄土へ向かう魂と肉体は競馬馬が鼻先を競うように正面から順に消えゆくもの。春霞に覆われたお玉ケ池には顔のない老若男女と動植物がずらりと並び、私が背中を押すのを待っている。
「アォ!」
谺するシャウトが皆の未練を断ち切る。
公開:21/03/03 14:41

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